さまよえる天使たち

  六、  十月おわり・昼

 しばらく経ったある日、妙な場所にごんちゃんが現
れた。どうも道に迷ったらしい、よーく見ると人相風
体がいかにもと云う感じで、だいぶ熟れてきたようだ。
 場所はよく似た公園だった。しかし、平蔵の棲処
(すみか)とは、少し趣が違うようだ。妙なベンチは
同じ処(ところ)にあるが、ブランコがない。岩の向
こうには、薄汚れ、壊れかけた大きな壁と、どんよ
りとした空。
 トイレの向こうには、摩訶不思議なタワーが立って
いる。昼間というのに、大きな倉庫と工場に囲まれ、
日当たりの悪い公園である。

「ん? … あれェ、同(おんな)じだぁ… 」

 しげしげとその岩を眺めている。平蔵の岩とそっく
りである。試しにベンチの背を引いてみると、ガシャ
リと動いた。これ見よがしに腰掛けると、シケモクに
火をつけた。まるで生きているかのような、緩やかに
立ち昇る紫の煙。

 何かに気付いたのか、後ろを振り向くと、ちびた煙
草を揉み消し、平蔵がいつも隠れる処の前に立った。

「ここだ… 」 足元の岩を蹴ってみる
「痛えぇ 」

 声とともに摩訶不思議な奇声 
驚いて飛び退くごんちゃん。

「誰だ! 蹴飛ばしやがったのは 」

 音とともに、何かがゆっくりと出て来る。 
耳をふさいで叫ぶごんちゃん。

「Hieeeee… 」
 ごんちゃん、言葉にならない何かを叫びながら、這
いずって岩の奥に隠れる。表われたのは… またして
も爺ぃである。しかし、平蔵と比べると、躰中に怒気
が溢れ、刻まれた皺は更に深く、濁った眼には、優し
さの微塵も感じられない。
 以前、ゴミ箱の前でごんちゃんを殴り飛ばした、あ
のジョニーだった。

「おめえか、何しに来やがった 」 
どっかとベンチに座る
「またやられてえのか、ごん! だったなぁ、噂は聞
 いてるぜ。平蔵のイヌが、俺に何の用だ。 狛犬か?
 ちったぁ吠えてみろ! なんだ、おいてけ堀かぁ、
 平蔵に愛想づかしされたな、権八! 」
「ち… 違います 」
「此処(ここ)が何処(どこ)だか判ってんのか、返答し
 でえじゃ、今度こそ只ぁ済まねえぞ! 」
「…… 」
「ごん! 面ぁ見せろ、出て来いって言ってんだ! 」
恐る恐る岩陰から這いずり出てくる。
「おめえ何もんだ!さんぴん。 なんで此処(ここ)に
 居るんだ。何処(どっ)から来やがった! 」
捲し立てるジョニー
「腰巾着が何しに来やがった 」
「… … 」
ベンチから立ち上がると ゆっくりと近寄り
「金でも使い込んだか、それとも何か、こっちの方
 か? 」

 ニヤリとして小指を立ててはいるが、とても笑って
いるとは思えない顔だった。ごんちゃんは何かを呻い
て、頭を抱えている。

「吠えてみろって言ってんだ! 」
耳を塞ぐごんちゃんの胸ぐらをつかみ 
更に捲し立てる
「おめえは何処(どこ)の何奴(どいつ)なんだ! 」
突き放すように手を離すと 
ベンチにあぐらをかいた
「おい、煙草ねえか 」 
ポケットを探り
「… これだったら… 」
取り出した手の中に チビたシケモクが
数本あった
「ちぇっ、しけた野郎だ 」

   自分の煙草を取り出し、火をつけると立ち上がった。
ごんちゃんはビクっと身構えたが、後ろを向いたので、
ホッとしてようやく座り込んだ。
 しかし、何処(どこ)を見るでもなく、尻尾を巻いた
負け犬のように、途方に暮れているようだ。
 ジョニーはと云うと、岩に近寄り窪んだあたりを無
造作に引く、すると小さな蓋が口を開けた。中から縁
の欠けた丼を取り出すとベンチに戻り、ごんちゃんを
じっと眺めている。

「動くな! 他に持ってるもんはねえのか。おめえ、
 名前が妙ちきだってなぁ… なんて言うんだ 」
「阿波根です… 」
「あはごん? なんでえ、五合(ごんごう)のごんじゃ
 ねえのか、電池持ってねえか 」
「ええっ? 」 消え入るように
「…帰りたい 」
「けえる? おめえに帰(けえ)る処(とこ)があんのか。
 この俺を蹴飛ばしやがって、そのまんま帰(けえ)れ
 ると思ってんのか! 」
「でも、なんにも持ってません 」
「持ってねえんなら、探してきな! 」
「探すって、何を探すんですか? 」
「だから電池って言ってんだろう 」
「何処(どこ)で探すんですか? 」
「いちいち俺に聞くんじゃねえ! てめえで考え
 ろ! さっさと行きな、 ただし! そのまんま
 逃げんじゃねえぞ、 判ってんだろうな 」

 仕方なく立ち上がり、不思議なタワーの方へ
トボトボと歩き始めた
「ごん! こっちだ 」 反対側を顔で示す

 平蔵と同じだ。 と思いながらも、
トボトボと探しに出かけた。
遠くサイレンの音、 ラジオ体操の音楽が聞こえる。
 ジョニーはおもむろに立ち上がり体操を始める。
 いつもやっているのか、スムーズに体を動かしてい
る。その顔からは、険しさは消えていた。 が、
突然頭を抱えて苦しみだした。

「うっ! うぁぁ… くそぅ… 来るな!  
 来るな!  来るんじゃねえ…」

 何かを手で払いのけようと、もがきよろめき
倒れ込んだ。
 何処(どこ)かで大きな機械が動き出した。腹に響
くような低い音と共に、幽かな衝撃が響く。
公園の周りから喧騒が溢れ出し、じわじわと全てを
包み込んでゆく。