さまよえる天使たち

  八、  次の日・夜明け

 白みはじめた空は不気味な朝焼けに染まってゆく
が、町はまだ眠っている。ごんちゃんも、薄汚れたシ
ーツにくるまってベンチで眠っている。夜明けの空に
突き刺さるタワーが、不思議に輝いている。

 タワーの下にぽつんと人影が現れた。ゆっくりと、
だが、着実にこの公園に近づいてくる。だんだんと大
きくなるその人影はジョニーだった。白いビニール袋
を幾つか持っている。
 ごんちゃんが眠るベンチに近寄ると、その角をおも
いっきり蹴りつけた。

「いつまで寝てんだ、ごん! 」
「うぁぁ! 」 ごんちゃん飛び起きた
「飯だ 」 ビニール袋を投げつけて
「喰う前に灰皿どけろ 」
「… 」

 ごんちゃん、寝起きから訳がわからず、 云われる
ままに灰皿を片づける。ジョニーは落ちている丼を岩
の中に戻しベンチに座る。
 投げつけられた袋を開けると、サンドイッチが入っ
ていた。

「すみません 」

 ベンチの横に座り透明な袋を破る 食べようとし
て臭いを嗅ぐと

「これ、臭いますね 」
「要らねえのか 」
「いえっ! 」

 又、臭いを嗅ぐ。 恐る恐る食べてみるが、夢中で
食べはじめた。ジョニーは紙おしぼりで手を拭き、蜜
柑に手を合わせ、皮を剥いている。ごんちゃんを眺め、

「いただきますってえのが、出来ねえのか、このスッ
 トコドッコイ! 親のつらぁ見てえや 」
「はい、いただいてます 」
「けっ! これもあるぞ… 」
別の袋からペットボトルを取り出し渡す
「すみません 」 一口飲んで
「変わった味だ… 」
「俺のオリジナル… ブレンドだ 」
「?… ジョニーさんは食べないんですか? 」
「朝はフルーツに決めてんだ 」
ごんちゃん軽く反応する
「可笑しいか? 躰のためだ 」
「じゃあ、やっぱり煙草止めた方が 」
「俺に指図するんじゃねえ! 」
「ごめんなさい 」
「早く喰え。喰ったら掃除だ 」
「えぇ! 」

 言葉とはうらはらに、柔らかな時が流れる。
  ジョニー、食べ終わった蜜柑に手を合わせ、ささ
やかな朝食が終わる。ごんちゃんは、袋から紙お
しぼりを取り出し、顔や首筋を拭っている。

「ごちそうさまでした。どうやって掃除するんです
 か? 」
「箒がある 」
「判った。この中にあるんでしょう 」
  岩を調べている

 ジョニーはベンチの座面を開けて中から取り出す
と、箒と塵取りを中央に放り出す。

「これだ 」
「あれっ 何処(どこ)にあったんですか? 」
「いいから掃除しろぃ 」

 ジョニーはペンチに座り、ラジカセを調べている。
掃除を始めるごんちゃん。 ベンチに向かって掃いて
いるようだ。

「何処(どこ)に向かってやってんだ! 向こうだ!
 向こうに集めろよ! 」
「集めてどうするんですか? 」
「いちいち聞くんじゃねえ 」
塵取りに集め 岩の奥に捨てて戻ってくる
「終わりました 」
「よし 」 顔で合図する
「? 」
「鈍い野郎だ。肩だよ、肩 」
「かた? 」
「肩揉めって言ってんだよ! 」
「えぇっ これはどうするんですか? 」
  ジョニーに睨まれ
「…はいはい、判りましたよ。じゃあ、此処(ここ)に
 置きますよ 」
 岩の前に箒と塵取りを置く。ごんちゃんは肩もみを
始める、ジョニーはラジカセを抱いている。

「ジョニーさん、臭いますねぇ 」
「おめえだって、似たようなもんだ 」
「えっ、そうですか? ジョニーさんの方が臭いです
 よ 」
「あたぼうよ! 年期が違う 」
 打ち解けてきたのか、ごんちゃん尻尾を振っている
ようだ。ジョニーもまんざらでは、って顔をしている。

「爺ちゃんの肩は、筋が堅くて、力入てもビクともし
 なかった 」
「幾ら貰った 」
「1回5円です 」
「… 五円? そんなにか… 」
「ジョニーさんは? 」
「胡麻団子だ。 うまかった… 」 遠くを見ている
「ゴマダンゴ… 」 ごんちゃんも遠くを見ている
「夏になると、アイスキャンディーを売りに来るんで
 すよバイクで。でも、高いから買ってもらえなかっ
 た… 」

 懐かしそうに遠くを見ている だが手だけは真面
目に動いている

「ミカン、好きなんですか?」
「近頃の蜜柑は甘ったるくていけねえ。ちまちましや
 がって 」
「ボクはトウモロコシ。おやつはいつも、トウモロコ
 シだった… 」
「あんなもん、鶏の餌だ! 」
「えーっ 」
「トウキビなんざぁ、鶏の餌だ! そんなもんが嬉し
 いか 」
「だって、他にはなんにも… 」
「おめえも、貧乏人かぁ…ここの奴ら、みんなそうだ。
 俺はなあ、ガキの頃は裕福だった… 何不自由なく
 遊んでいたんだ 」
「… 」
「でっけえ処(ところ)だ。 地平線の丘の涯てまで親父
 (おやじ)の車で連れてってもらうとなぁ… 今度は丘が
 山になって、ひしめいてやがる。こんな、チマチマした
 処(とこ)じゃねえ。でっけえ大陸だ。それに、食い物が
 うまかった! ここで喰うもんは残飯だがなぁ… 」
「そうですねぇ 」
「ごん、おめえ、何歳(いくつ)になった? 」
「三十八です 」
「ほぅ、ちったあ若く見えるじゃねえか。さんぱち
 かぁ、 若えなぁ… 」
「ジョニーさんは? 」
「年か? 知るわけねぇだろう。このトンチキめ 」
「いつから此処に居るんですか? 」
「妙なこと聞きやがるなぁ… 」
「ごめんなさい 」
「まぁ、いいってことよ…  ガキはいるのか?
   あぁいい。聞きたかねえ 」
「… ? 」 
「ガキってやつはぁ、どこを見てるんだか? 何か見
 つけるとなぁ、あっという間に、どっかに消えちま
 って、帰(け)ってこねえんだ 」
「ジョニーさんの子供ですか? 」
「なに? 居るわけねえだろう 」
「そうですよね 」
「ガキは嫌(きれ)えだ 」
「そうですか? 可愛いですよ 」
「そうか、 そんなもんか… 」
「ジョニーさん、家族は? 」
「ん! 」  睨みつける
「ごめんなさい 」
「まぁ、いいってことよ… 」
「ん?… 」
「おめえ、なんでこんな処(とこ)に居るんだ 」
「 … … 」
「いつまでも居るとなぁ、俺みたいになっちまうぞ 」
「… あのぅ、いつからここに? 」
「此処か、もう長いぞ。十年か二十年か… その前は
 ずっと北陸に居た。雪がひどくてなぁ、冷てえのが
 辛かった。ガキでも寒いのは辛えもんさ。おめえ、
 寒いのは平気か? 」
「はい、ボクも寒い山奥で生まれたから、冷たいのは
 慣れっこです。爺ちゃんは沖縄生まれだけど 」
「おう、沖縄か… 行ったことねえけど… 暖ったけ
 えんだってなぁ… 」
「ボクも行ったことはありません 」
「なんでえ、つまらねえ。寒いとこの話なんざ、聞き
 たかねぇや 」
「ごめんなさい… 」
肩を揉む手が止まり、
二人、遠くを見ている

「日が暮れたなぁ。 此処も冬は寒いぜ、今は一番い
 い時だ… これから冷てえのがやって来やがる。
 おめえも、あんなダンボールだけじゃぁ、苦労する
 ぜ 」 又、肩揉みを続ける
「… ジョニーさん… 歌が、 」 
「そこそこ! おぅ今んとこ、力入れてギューって、
 なあ、ごんちゃん、頼むぜ 」
ごんちゃんと言われて 少し照れながら
また続ける
「ガラスのジョニーが好きなんでしょ 」 
ジョニーの顔つきが急に変わった
「何…  誰がそんなこと言った。ごん! 誰が言っ
 たんだ! 」
「だって、きのうは… 」
「昨日がどうした! 」
「いえ、平蔵さんが 」  ジョーニー立ち上がり
「なんだと! 平蔵の野郎、やっぱり… 」
「? … 」
「他に何を言った。黙ってねえで白状しろぃ! 俺の
 居ねえ隙に、勝手放題やりやがって 」

 何が気に入らないのか、暴れまくった昨日のジョニ
ーに戻っている。

 突然、不安に襲われたように辺りを見回す。 誰も
居ない事を確認すると、一息ついてベンチに座る。
「こっちい来な。何、探りに来た 」
「… 」
「平蔵のイヌが、何の真似だ! 」

 不安げな素振りを隠しながら、喚き散らすジョニー。
ごんちゃんは意外に落ち着いているようだ。

「電池、探してきましょうか 」
「ん? なんで此処(ここ)にあるんだ 」
  持っているラジカセに気づく
「ボク、帰ります 」
「待ちな! 」
「… … 」

 ポケットを探り、ゆっくり振り向くと、電池を差し
出す。

「これ、使ってください。 入れましょうか? 」
「あぁ… 」

 ごんちゃん ラジカセの電池を取り替えジョニー
に渡す

「… … 」

 指を伸ばすが、スイッチが押せない。また、見えな
い何者かに追われているのか。

「うぁーー… 来るな! 来るんじゃねえ…
   来るな! おれはまだ… おれは… 」

 ジョニーの背中は、音が聞こえるほどに、荒々しく
脈打っている。不気味な雲が空を包み、その隙間から
二人にだけ光が射している。