七、 その日の夕刻
大きなゴミ袋を抱えて、ごんちゃんが戻ってきた。
倒れているジョニーを見つけ、ゴミ袋をそっと置いて
逃げだした。 が、 恐る恐る戻って来た。
「どうしたんですかー 大丈夫ですかー ジョニー
さーん… 」
ごんちゃんは遠くから声をかけたが返事はなかっ
た、思い切って近寄り、軽く肩を揺すってみると、よ
うやく気がついた。しかし、苦しそうだ… ごんちゃ
んに支えられて、ベンチに倒れ込む、ひどく咳き込ん
でいる。
「触るんじゃねえ! 電池は… 電池はどうした 」
「はい、ありました。けど… 大丈夫ですか? 」
「其処(そこ)の岩、開けろ! 」
「? 」
其処(そこ)と云われたあたりを探ってみるが、よく
判らない。 あちこちと弄(いじ)り回すが判らない。
ジョニーは苛ついて、咳き込みながらも怒鳴り散ら
している。
「違う! 其処(そこ)じゃねえ。 もっとこっちだ!
違う、鈍い野郎だ。 もっとこっちだ! そう、
それだ! 丸いもんがあんだろう、それを右に引く
んだ。右だ右! 頓馬、右も左も判んねえのか! 」
「あっ! 」 やっと蓋が開いた
「中のもんを持ってきな 」
「ラジカセですか… 」 スイッチを押してみる
「電池はどうした! 」
ごんちゃんは、あれやこれやと触って、やっと裏蓋
が開いた。ゴミ袋に手を突っ込み、電池を探している
ようだ。だが、なかなか見つからない。
「何やってんだ! この愚図! いいからぶちまけ
ろ! 」
「あれー? 」
「この すっとこどっこい! いいからぶちまけ
ろ! 」
どやされて、仕方なくぶちまけた。中からは、汚れ
た軍手・ペットボトル・発泡スチロールの塊・よだれ
かけ・古雑誌・煙草の空箱・トイレットペーパー・文
庫本・丸めたパンスト・汚れたシーツと、いろいろ出
てきたが、電池らしき物はない。堅い物が転がり落ち
た音がしない。ゴミ袋を覗き込むごんちゃん。
「なんだ… ねえじゃねえか! 」
「あっ、あぁ、此処(ここ)に入れたんだ… 」
別の小さな袋から 電池を取り出した
「この野郎 … 」
喚きたいが咳き込んで言葉にならない
「ごめんなさい、ありました 」
「おめえ、わざと… やってんじゃねえだろうなぁ 」
「… 」
「よし! 電池入れたか。 何やってんだ! さっさ
と入れろよ 」
ほんの少しだが ジョニーの口調が変わってきた
ごんちゃんの方も 何処(どこ)となく
「えーと、これは… 合わないや 」
合わない電池はポケットに入れ、ラジカセに電池を
入れる。スイッチに触ると、ラジオの雑音。
「触るんじゃねえ! こっちだ、早くしろい! 」
奪い取るように受け取ると、ポケットを探り、カセ
ットテープを取り出してセットする。何とも言えぬ顔
をして、スイッチを入れる。 ノイズの向こうに音が
聞こえる。ボリュームをゆっくり上げると、まぎれも
ない『硝子のジョニー』が聴こえてくる。
目を閉じて聞き入るジョニー。 険しいその顔が次
第に変わってゆく、覇気のない顔に。まるで公園にた
どり着いた時の、しょぼくれ、疲れ果てたごんちゃん
のように。 突然、音がとぎれる。
「あっ! どうした! ごん! どうしたんだ! 」
「壊れちゃったみたいですねえ 」
「なにぃ! おめえ壊れた電池入れやがったな、この
野郎! 」
「壊れてなんかいませんよ。だってさっき聞こえてた
じゃないですか 」
咳き込み 苦しそうなジョニー
「『ガラスのジョニー』が好きなんですねえ 」
「何だと! 」
「えっ、だって… 平蔵さんが… 」
「平蔵? 奴がそんなこと言ったのか 」
「平蔵さんとは、どういう関係なんですか? 」
「おめえの知ったことか! 」
「… 煙草、いただけますか 」
「なんだと、… 誰にもの言ってんだ! 」
興奮すると咳き込んでしまう
「これ、使ってください 」
トイレットペーパーを差し出す。受け取ったとたん
また咳き込み、取り落とす。ごんちゃん拾い上げ、き
れいに巻いて、ジョニーに差し出す。
「ジョニーさん、煙草をいただけますか 」
「… 」
返事はないが ポケットから煙草を取り出した
「ありがとうございます。健康のために、煙草止めた
方がいいですよ 」
「喧しいやい! 権助、誰のせいだと思ってんだ!
おめえのお陰で、メチャメチャじゃねえか! 狛犬
がガタガタほざきやがって 」
また咳き込んでしまう
「今は吸わないほうが… それじゃぁ、帰ります 」
「ん! おいっ、待て、 ちょっと待て、この糸瓜
(へちま)野郎、待てって言ってんだろ! 」
ジョニー 立ち上がり 咳き込み よろける
「大丈夫ですか 」
「… 煙草っ… 返せよ 」
「あぁ、ごめんなさい。同じだったから… つい 」
「もういい! くれてやらぁ… 」
「そうですか、すみません。丁度無かったんですよ。
それじゃあ 」
「おいっ! 待てって言ってんだよ。ゴミぶちまけや
がって、片付けもやらずに帰(け)えるつもりか! 」
「ええぇ! だってジョニーさんがぶちまけろって、
言ったじゃないですか 」
「四の五の言ってねえで、片づけろ! 」
ごんちゃん、散らばったゴミを袋に詰める。一つ
一つ確かめるように… そして、その袋を抱いて、
「じゃあ帰ります 」
「待てよ! そいつぁ… 俺のもんだ! 」
「えぇ! だってこれ、ボクが拾ってきたんですよ 」
「聞いた風な口ききやがって、誰が拾って来いって言
ったんだ 」
「言ったのはジョニーさんですけど、でも… 」
「でもも糸瓜(へちま)もあるか! 」
「ジョニーさんは、電池を探して来いって言いました。
だから残りは、ボクのゴミです。間違いありませ
ん 」
「間違いない? 何が間違いないだ! 名前でも書
いてあんのか、此処(ここ)が何処(どこ)だか判って
んのか! 」
「? あっ! そうでした… 」
「判りゃあいいんだ、まあ座れ 」
「じゃあ、此処(ここ)に置いて帰ります 」
「俺が優しく座れって言ってるのが聞こえねえの
か 」
ごんちゃん立ち止まり、困り顔… 仕方なくゴミ袋
を開け、発泡スチロールの塊を取り出し、椅子にして
座る。
「座りました 」
「見りゃあ判る 」
海を山にするようなことを云われても、ごんちゃん
は何故か平然と、ゴミ袋を漁っている。巻き込んでい
た尻尾が、少し持ち上がってきたようだ。
ジョニーは丼を抱え、賽子を転がしている。
「これ、知ってるか? 」
「丼ですか? 」
「こういうやつだ 」 丼に賽子を転がすとチリリン
と音が鳴る
「さぁ… 」
「よし決まった。勝負だ! こっちぃ来いや 」
「勝負って、何の勝負ですか? 」
「決まってるじゃねえか、チンチロリンと云いたいが
おめぇにゃ無理だな 」
「博打ですか… ボクやったことありません 」
「博打と来たか。 良いから良いから、俺がおせえて
やるよ。早く来いって言ってんだよ 」
ごんちゃん 渋々ジョニーの前に座る
「とうしろうのおめぇにゃ、ちと荷が重いとくらぁ 」
賽子を一つポケットに仕舞い 二つの賽子を
転がした
「ほれっ、ぞろ目だ、二と二だろう、これが丁だ。
いいか、二つ足して偶数になったら丁だ。ほれっ、
これが五二(ぐに)の半だ、こうやって奇数になったら
半だ、判るな。よしいくぜ、丁半どっちだっ 」
丼を片手に 手の中の賽子を転がしている
「ちょっと待ってください。 …当たったら、どうな
るんですか? 」
「この抜作、勝った気でいやがるな 」
「違いますよ! でも、もし勝ったらどうなるんです
か? 」
「あれ、おめえにやらぁ 」
「えぇ! ゴミ! じゃあ、ボクが負けたらどうなる
んですか? 」
「此処(ここ)に居ろ 」
「えぇぇ! そんな、困りますよ。だって 」
「だってなんだ! 」
「ボクの方が損じゃないですか! 」
「なんだと! 」
「あんなゴミ、要らないですよ 」
「この野郎、さっきはボクのゴミですって言ったじゃ
ねえか。間違いないって言ったのは、何処(どこ)
の何奴(どいつ)だ!」
「ゴミなんかいつでも拾えます。それより、ボクのを
返して下さい! 」
「なんだ? 」
「紙袋に入ってた物を、ぶちまけて持ってったじゃ
ないですか! 」
「ああ、あれか 」
「手袋だけでも返して下さい! 」
「うるせぇ! 俺が拾ったもんだ! あんなシケた
手袋、なんで要るんだ! 」
「言いたくありません 」
「よし! おめえが勝ったら手袋だ 」
「あれは元々ボクの手袋です 」
「今は俺のもんだ! よぉし、俺も男だ! 手袋に
靴下付けてやらぁ 」
「そんな物要りません! じゃあボクが勝ったら
手袋で、負けたら電池を拾ってきます 」
「駄目だ! おめえは此処(ここ)に居ろ 」
「それは困ります。 …だって、ボクには家があ
ります 」
「あんなダンボール、台風でイチコロだ 」
ごんちゃんは思わず立ち上がった
「違います! ちゃんとした家も、家族も居ます! 」
ジョニーも立ち上がり
「なんだと、てめえこの野郎! 家も家族もある奴が、
なんで此処(ここ)に居るんだ、ふざけんじゃねえ!
あまえったれが何様だと思ってやがる! なんで
此処(ここ)に居るんだ。言ってみろ! おめえは只
の、半端もんだ!」
「… 」
再び圧倒される。ひざが折れ、そのままジョニー
の足元を見つめる。 見下ろすジョニー。
「おめえみてえな半端もんはなあ! おめえなんか
半端もんが… この… 」
ジョニーも極まってくる
「半端もんに… 半端もんに帰る処(とこ)なんか、
ありゃあしねえんだ! 」
いつの間にか、うつむいていた顔がジョニーを見返
している。捲くし立てていた方が、今度はうつむいて
いる。
「どうして、 どうしてボクを虐めるんですか。あな
たは、誰なんですか。ボクは、どうすれば良いんで
すか 」
「… 」
ジョニー、うつむいたまま、喘いでいる。ごんちゃ
んは立ち上がり、真正面にジョニーを見つめる。
「あんただって、あんただって! 半端もんじゃない
ですか。半端もんだから… 半端もんだから、こん
な処(とこ)に居るんでしょう。帰りたくても、帰れ
ないんでしょう 」
丼をじっと見つめるジョニー。 粘り着くように時
の流れが澱んでいる。
「半端もんだ… そうだ、俺は半端もんだ… 」
小さくなったようなジョニーを優しく見つめて
「一服しませんか… 」
灰皿を引き寄せ、さっきまでゴミだった椅子に座る。
長い沈黙が続く…
「ボクの… 十五の誕生日に… 爺ちゃんが死にま
した。母ちゃんに叱られると、いつもかばってくれ
た爺ちゃんが、死にました。 婆ちゃんは、赤ん坊
の時に… あれから… 今思うと、ボクの大切な人
は… 一人ひとり、居なくなってしまった…
なんで… … なんで人は死ぬんだろう… 」
又、長い沈黙… 遠く救急車が通り過ぎる
気を取り直し、煙草に火をつける二人…
まるで生きているかのような、緩やかに立ち昇る紫の
煙。
「ごん、俺は… 」
「何ですか? 」
「俺が誰だか、判るか? 」
「ジョニーさんです 」
「此処(ここ)に居るのは、本当に俺か? 」
「?… 」
二人を時の流れが包み込む
ごんちゃんは、ジョニーに捲したてられた時とは、
別人のような顔を見せている。
いつの間にか日が陰っている。 ジョニーは眠って
いるかのように動かない。その指から煙草をはずし揉
み消すと、自分の煙草を味わうように深く吸い、ゆっ
くりと吐き出す。
街路灯に灯りがついた。すると、ジョニーは立ち上
がり、目を閉じたままだが、太極拳を始めた。
ごんちゃんの頭の中は?・?・がつづいている…
そして、淀んでいた時がまた流れはじめる。
ジョニーは手足をゆっくりと動かしながら、
「帰るんだ… あれに乗って、帰るんだ… 」
「えっ? … 」
「… 眠(ねむ)る時間だ… 」
「? … 」
ジョニーはゆっくりと岩に隠れる。ごんちゃんはま
た取り残され、もの思いに沈んでゆく。
「そういえば… 平蔵さんの起きる時間だ。 お腹す
いた… 」
そろそろ眠るつもりなのか、煙草を消すと、ゴミ袋
からシーツを取り出す。岩肌が街路灯に照らされ、青
黒く、鈍く光っている。
遠く暴走族の爆音。 黒い帳。